ハノイの歴史と精神を伝える6つの遺産

ベトナムの行政上の首都であるハノイは、同国の文化の中心地でもあります。長い歴史を持つハノイは、魅力的な文化財や重要な史跡の宝庫です。市内には6,000箇所の遺跡と1,793件の無形文化遺産が存在し、政府はそれらの保護に力を注いでいます。 

この街の歴史は、1831年に「ハノイ」と名付けられるずっと前にまで遡ります。紀元前3000年という早い時期から人々がこの地に暮らしていたと考えられています。市は様々な名前で知られてきましたが、最も有名なのは「タンロン(昇龍)」でしょう。紅河の西岸に位置するこの都市は、今や1000年以上の歴史を誇る首都です。幾多の苦難や変遷を経て、ハノイは歴史の歩み、数々の記念碑、博物館、寺院とともに今も燦然と輝き、あらゆる旅行者を魅了しています。この土地の物語と精神をより深く理解するために、決して見逃せない6つのスポットをご紹介します。 

ハノイの遺産 - タンロン皇城

第01章 —

タンロン皇城

出典:Hoàng Thành Thăng Long

2010年にユネスコ世界遺産に登録されたこの建造物群は、歴史好きにはたまらないスポットです。敷地内には軍用バンカー、発掘調査現場、古代の宮殿跡、さらにはフランス植民地時代の建物が含まれています。 

宮殿の歴史は、大羅(7〜9世紀)、丁朝、前黎朝(10世紀)、李朝(1009〜1225年)、陳朝(1226〜1400年)、前期黎朝(1428〜1527年)、中興黎朝(1593〜1789年)、そして阮朝(1802〜1945年)まで遡ります。フランス統治時代にはいくつかの建造物が破壊されましたが、敬天殿への階段、王女の塔(後楼)、端門(南門)、北門、フラッグタワー(旗台)などは残されました。その後の発掘調査により、かつてのタンロン皇城の基礎が掘り起こされました。 

最近では、昼夜を問わず、現存する建造物と考古学遺跡の両方を見学できるようになりました。敷地は非常に広いため、芝生で休憩しながら、チケット売り場でもらえるマップを活用してじっくり巡るのがおすすめです。ガイド付きツアーが用意されているほか、公式アプリをダウンロードして散策することもできます。

出典:Hoàng Thành Thăng Long

ハノイの遺産 - 文廟

第02章 —

文廟

タンロン皇城の南側には、趣の異なる神聖な場所があります。宗教を祀るのではなく、ハノイにおける教育の歴史を称える施設です。ホアンキエム湖の西約2kmに位置する文廟は、市内屈指のフォトジェニックなスポットでもあります。訪問リストにぜひ加えておきたい場所です。

1070年に建立され、1076年にベトナム初の大学として開校したこの場所は、数多くの著名な学者や官吏を育成してきました。学問所は中国の哲学者・孔子に捧げられたものです。学者たちは儒教だけでなく、漢詩や古典文学、書道を学びました。現在では、卒業生が記念写真を撮影しに訪れたり、重要な試験を控えた学生たちが合格祈願に訪れたりしています。 

文廟はゆったりとした時間を過ごせる心安らぐ場所です。祭壇や展示室を備えた伝統的なベトナム様式の建造物が、5つの静かな中庭に配置されています。ハノイのにぎやかな喧騒から離れ、整備された庭園や小道を散策して静寂を味わってみてください。

第1の中庭(大中門)には、「成徳門」と「達才門」があります。これらは学生たちが身につけるべき資質の代表例でした。 

第2の中庭(奎文閣)にある赤い屋根の楼閣では、かつて学生たちの論文が朗読されていました。この建造物の姿は100,000ベトナムドン紙幣にも描かれています。 

第3の中庭には、「天光井」と呼ばれる池があります。石造りの亀の背の上に置かれた82基の残存する石碑(創建当時は116基)を探してみてください。亀は古代ベトナムの伝統において四神(龍・麒麟・亀・鳳凰)の1つとされ、長寿と知恵の象徴とみなされています。これらの石碑は、儒教や皇帝を称えるとともに、試験結果や進士(合格者)の情報を記録するために建てられたものです。 

第4の中庭(大成門)は、文廟の建築的中心地です。現在も学業成就を祈願するために多くの人々が訪れます。ここには孔子を祀る祭壇のほか、孟子、子思、曾子、顔回という4人の高弟をはじめとする著名な思想家が祀られています。

第5の中庭は、ベトナム初の最高学府である国子監が実際に置かれていた場所です。創建当時の建物は戦争で破壊されましたが、2000年に再建され、展示品や教育への情熱でベトナム史に名を残した人物である朱文安(チュウ・ヴァン・アン)の像が飾られています。ここも毎日線香が焚かれる聖域であり、現在も毎年文化的な祭典が開催されています。

ハノイの遺産 - 旧市街

第03章 —

旧市街

ハノイは長年にわたりショッピングの中心地として親しまれてきました。特に「旧市街」(オールドタウン、または「36通り」とも呼ばれる)は、数千年にわたる伝統工芸の交易の歴史を持つ場所です。 

李朝時代、李太祖(リ・タイトー)皇帝の治世下において、多くの商人が王家に付き従って華閭(ホアルー/ニンビン)から昇龍(タンロン/ハノイ)へと移り住み、ギルド(同業者組合)を形成しました。彼らは特定の通りで商品を売り歩くようになりました(ここでは「Hang(ハン)」と呼ばれ、店や商品を意味します)。通りの名前は今日に至るまで変わらず受け継がれています。

お土産をお探しの方や絶好のフォトスポットを見つけたい方は、ぜひ旧市街の通りを散策してみてください。一部の通りは今でも特定の商品を扱うことで知られており、そのヒントは通りの名前に隠されていることがよくあります。例えば、Hang Duong(ハンズオン通り)は伝統的なお菓子が手に入る場所です。特定の商取引に特化したその他のユニークなショッピングストリートには、以下のような通りがあります: 

Hang Vai(ハンヴァイ:服を売る通りの意味):現在は竹製品で有名で、nuoc mia(サトウキビジュース)の屋台や竹で作られたお土産を見つけることができます。

Hang Ma(ハンマー:「ランタン通り」):可愛らしい紙ランタンや宗教的な縁起物、お供え用の紙銭(冥銭)が売られています。 

Hang Bac(ハンバック):かつて銀細工師や貨幣鋳造職人が暮らしていた場所です。残った職人たちはジュエリーの制作に転身しました。

出典: Instagram - byy54

ハノイの遺産 - ホー・チ・ミン主席廟

第04章 —

ホー・チ・ミン主席廟

市内を移動していると、この大理石の記念建造物はひと際目を引きます。1973年から1975年にかけてベトナム全国から集められた資材を用いて建造された、見事な建築物です。屋外では、完璧に仕立てられた白い制服に身を包んだ兵士たちが警備を行っています。見学に訪れた際、衛兵交代式を見ることができれば大変幸運です。 

内部のガラス棺の中には、偉大な指導者であるホー・チ・ミン主席(親しみを込めて「ホーおじさん」と呼ばれています)の保存された遺体が安置されています。遺体は防腐処理(エンバーミング)の専門家の手によってメンテナンスが行われるため、毎年一定期間、廟は閉館します。 

ここは荘厳な場所であるため、服装やマナーに関する規則が定められています。内部での写真撮影は厳禁です。フォーマルな服装で訪れ、立ち止まらずに列に従って進み、廟内に入ったら指をさしたり大きな声を出したりしないでください。混雑するため、入場にあたって外で並ぶことを想定しておきましょう。
 

第05章 —

バックマー寺院とヴォイフック寺院 – ハノイを守護する四鎮寺院のうちの2つ

タンロン城塞の東西南北には四鎮寺院(ハノイ四鎮)が配置され、かつて街を守る砦として境界を形成していました。これらは「タンロンの四鎮」と呼ばれ、いずれも訪れる価値があります。まずはバックマー寺院とヴォイフック寺院から巡ってみましょう。ただし見学の際は、これらの寺院が現在も信仰・参拝の場所として使われていることに留意してください。 

ハノイの遺産 - バックマー寺院

第06章 —

バックマー寺院:東方の守護神

出典: インターネット

旧市街の中心部に位置するこの美しく装飾された寺院は、ハノイで最も古い寺院とされています。「タンロンの大王」と称される神・ロン・ドー(Long Do)を祀るため、9世紀に建立されました。 

「白馬」を意味する寺院の名は、ある伝説に由来しています。李太祖(リ・タイトー)王は白馬の幻影に導かれ、城壁を築くべき正しい場所へとたどり着きました。参拝の際は、銅製の白馬の像に注目してみてください。他にも、美しく赤い漆が施された神輿をはじめ、数々の祭壇、彫刻、骨董品、古武器など見どころが豊富です。 

毎年、旧暦2月12日と13日には、この神を称えるお祭りが開催されます。文化的な催しとして、獅子舞、太鼓演奏、綱引き、詩の朗読、武術演武など、多彩な演目が披露されます。

出典: インターネット

ハノイの遺産 - ヴォイフック寺院

第07章 —

ヴォイフック寺院:西方の守護神

出典: Instagram - minnh.__

タンロン城塞の西側にあるヴォイフック寺院もまた、地元の人々が参拝に訪れる神聖な場所です。トゥーレ公園と動物園の隣に位置し、穏やかな緑の空間に囲まれています。大木や青々とした庭園、広々とした遊歩道があり、都市のただ中で穏やかな休息のひとときを過ごせます。参拝者に加えて、伝統衣装のアオザイを着て写真撮影を行うベトナム人の姿も目にするでしょう。 

この寺院は、李朝の国王・李太宗(1000〜1054年)の息子であるホアンチャン皇子(リンラン大王として知られる)を祀るために建てられました。皇子は父王を助け、中国の宋の侵略軍と戦う中で戦死しました。 

では、「ヴォイ・フック(象)」という名前はどこから来たのでしょうか? 寺院の前にある2体のひざまずく象の像には由来があります。皇子は、父王から戦場へ送られた象に乗って戦ったと伝えられています。 

残念ながら、時の経過や戦争の影響により、創建当時の建物は被害を受けました。しかし、長年にわたり幾度も修復が行われ、本来の神聖さや風水上の特徴は今も残されています。 

伝統的な寺院の屋根にある鳳凰、龍、麒麟の彫刻をぜひ見上げてみてください。精巧な装飾のいくつかには、神々の物語も細やかに刻まれています。ほかにも鑑賞価値のある華やかな装飾品や遺物が数多くあります。漢字が刻まれた高さ93cmの鐘もお見逃しなく。 

ヴォイ・フック寺院のお祭りは、旧暦2月9日から10日にかけて開催されます。音楽演奏やその他のお祝いイベントとともに、華やかな行列が行われます。

出典: Instagram - minnh.__